コーポレート ヒストリー
2022年9月28日

【第1回】メタップスワンの成り立ち -ビカム編-

コーポレートサイトリニューアルを記念してメタップスワン代表取締役の高木と取締役の杉崎の2人にメタップスワンの成り立ちを聞いてみました! 是非ここでメタップスワンのことを少しでも知っていただければと思います。(社内でも知らない人が多いはず・・)
第一回目は現メディア・データフィード事業部の前身である「ビカム株式会社」の話です。

株式会社メタップスワン 代表取締役 高木 誠司 慶應義塾大学経済学部卒業。野村證券株式会社勤務後、モバイル広告代理店共同創業。2016年、ビカム株式会社代表取締役就任。2019年1月より株式会社メタップスワン代表取締役就任。株式会社メタップス常務執行役員マーケティング事業本部長を兼務。⽶国公認会計⼠試験合格者、宅地建物取引士。

株式会社メタップスワン 取締役 杉崎 健史 明治学院大学卒業。株式会社アサツーディ・ケイ、株式会社デジタルガレージを経て、2014年、株式会社メタップス入社。2019年1月より株式会社メタップスワン取締役就任。

 

メタップスワンは「ビカム株式会社」「株式会社メタップスインタラクティブ(旧エンジン株式会社)」「アズアンドコー株式会社」の3社が合併して2019年に誕生した会社ですよね。
まずは一番最初にメタップスグループにジョインしたビカム株式会社のことを教えてください。

杉崎

ビカム株式会社は2005年にシリコンバレーで設立されたBecome.comの日本法人で、Forbes magazineとBusiness Weekに2005年、2006年とthe Best of the Webとして表彰されるなど、当時最先端のテクノロジーを保有していて、歴史のある企業なんです。
現在はメディア・データフィード事業部として引き続きその技術をベースに事業を推進しています。 Becomeはこちらから

 

ビカムがメタップスグループにジョインしたのは2016年ですが、どんな経緯だったのですか?

杉崎

当時メタップスではspikeという決済手数料無料のサービスを取り扱っていたのですが、縁があってビカムとの取り引きを開始したのが始まりです。その後、ビカムはテクノロジードリブンで仕組み化されているメディアビジネスである事、そこから派生したデータフィード技術も保有していて非常に魅力を感じていました。

ビカムは元々外資系企業ということもあり国籍も多様で、メタップスとのシナジーを生んでくれそうだなという思いと、メタップスが保有していない新たなアセットになるという確信もありM&Aすることに決まりました。

 

メタップスグループ創業者の佐藤さんも以前からビカムを知っていたと聞きました。

杉崎

はい、佐藤さんが学生時代に起業する際にビカムをモデルにしようと考えていた程、テクノロジーに定評があったようでM&Aした際には非常に感慨深いと言ってましたね。
メタップスグループの決済カテゴリを担う株式会社メタップスペイメント(旧ペイデザイン株式会社)に続き、ビカムはM&A第2弾として2016年6月にメタップスグループ入りしました。

 

そのタイミングで、PMI(ポストマージャーインテグレーション)を目的に高木さんがビカムの代表取締役としてジョインされたと聞いています。当時の状況や経緯を教えてください。

高木

2016年の夏にメタップス創業者の佐藤さんに誘われて、その年の10月にメタップスの執行役員とともにビカムの代表となりました。その前後で杉崎さんや当時ビカムのJunさん(金森さん)と何度か会って話をする機会をいただきました。

杉崎

そうでしたね。僕と高木さんは実は前職のときからお付き合いがあったので、ジョイン前に色々と話ができたのもよかったと思います。

高木

杉崎さんはメタップスとビカムの潤滑油みたいな存在で、ビカムメンバーからの信頼は絶大でした。杉崎さんがいなかったらビカム買収後のPMIはうまくいっていなかったと思います。
Junさんは、名実ともにビカムのビジネス面を見ていたキーパーソンでした。僕が代表として来なくてもJunさんはじめ優秀なメンバーがそのままいればまわるんじゃないかと思いましたが、実際にそうでしたね(笑)

(写真/左:金森 右:杉崎)

 

ビカムの印象はどうでしたか?

高木

渋谷のLegatoで歓迎会をしてもらって新体制がスタートしました。どの会社にも文化はありますが、ビカムは元々の資本は外資系でしたしメンバーも多国籍で成り立っていたので、新鮮でしたね。役職に関係なくファーストネームやニックネームで呼びあう文化というのもその一つです。日本人でもマイケルとかナンシーとか呼ばれていて、ふと日本の名前を思い出せなくなります(笑)

杉崎

確かに本名を聞かれても咄嗟に答えられないかもしれません(笑)ビカムは個性的ですよね。

高木

そうなんです。みんな、ビカムが元々あった神泉のオフィスが大好きで「メタップスの新宿オフィスに行くくらいなら辞めます」と、どこまで本気かわからない声もありましたね。なので、麻布十番オフィスに移転する際は、少しすったもんだがありました(笑)

杉崎

結果的にみんな来てくれてよかったです。

 

ビカムは多国籍なところも魅力の一つですよね。どういった雰囲気だったんですか?

高木

エンジニアは、データフィードの職人的存在の1名を除くとほとんどが外国籍でした。

僕としては、無料でビジネス英会話が学べるので楽しんでいましたが、ふっと気がついたのは、ビジネスサイドとエンジニアサイドに交流がほとんどないということ。

とりあえず経営会議では、当時エンジニアのトップだったDavidや、Junさん、杉崎さんたちで週に1回ランチに行って交流を深めることにしました。PMIっていうと仰々しいですが、対面で交流を重ねつつ、ぶっちゃけトークを重ねつつ、少しずつ融和していきました。

高木

それとエンジニアにはかなり前から「Work at Home」という週に1回自宅で働けるという制度がありました。個人的にはこれはいい制度かもとおぼろげに思っていましたが、セールスサイドにはその文化がなかったので、全社向けの制度に変更しましたね。

杉崎

現在は全社的に週1程度の出社になっていますが、ビカムは早くからリモートワークへの意識が高かったので、コロナ時代になってもいい意味であまり変化がなかったように思います。

(写真/高木)

 

当時のビカムに何か課題はありましたか?

高木

ビカムは昔からのメディア事業とデータフィード事業、ダイナミック広告の代理事業がありましたが、どれも安定的で、裏を返すとぐんぐん伸びるという事業はあまりありませんでした。データフィードの市場調査を行い世間に発表したりしていましたが、さらなる成長エンジンをどう探すか、という課題がずっとありました。

そこからメタップスインタラクティブ(旧エンジン株式会社)のM&Aにつながっていきます。

 

ありがとうございます。メタップスインタラクティブ(旧エンジン株式会社)編はこちらから。

クッキー(Cookie)機能を有効にして再度アクセスしてください
(追跡・トラッキング用途のサードパーティークッキーを除く)